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怒濤の1ケ月 その1

またまた久しぶりの更新です。
夏休みの記録を更新しなくちゃと思っていたのに、私自身に思いがけない事が起こり
8月の終わりから今までタイトル通り”怒濤の1ケ月”を過ごしておりました。

簡単に記載すると、下記の通り。

8月26日(金)産婦人科受診、すぐに大きい病院を紹介される。
8月30日(火)隣市の総合病院を受診。細胞の検査。
9月02日(金)検査結果の報告。その場で入院、手術の日が決定。
9月07日(水)入院
9月08日(木)手術
9月14日(水)退院、自宅療養
9月20日(火)退院後診察
9月21日(水)仕事再開

今日で仕事に復帰して1週間。
私の人生において身体的にも精神的にもこれほど厳しい1ケ月はありませんでした。
今こうして笑っていられること、blogが更新できること・・・本当にありがたくて涙が出そうです。

以下は、この1ケ月の記録。
まずは【受診~入院まで】

発端は7月の終わり、トイレに行った時の違和感(ストレートに言うと・・・排便痛 汗)でした。
それは3日間ほどで治まり、何だったんだろうと思いつつしばらく過ごしていたのですが
8月の半ば過ぎから再び起こるようになりました。
別に痛くてたまらないという訳ではない、でも気になる、という感じで過ごしていたのだけど、
9月になると仕事が忙しくなるので病院に行くなら今のうちしかない!と
8月26日(金)に残っていた半日休暇を使って産婦人科に行く事にしました。

病院はもちろん出産の時にお世話になったY医院。
院長先生は相変わらずお休みをされていて、診察してくださったのは女医のT先生。
診断は左卵巣に腫瘍がある、そして卵巣とは別にもう一箇所不明な影があるとの事。
卵巣の腫瘍はおそらく膿腫と言われる良性のものだと思うけど、調べてみないと分からない。
でも良性だとしてもとった方がいい大きさである。
それよりも気になるのが、もう一箇所の影。これが一体何か?早急に調べた方がいいとの事。
そして「大きい病院を紹介しますからすぐに受診して」と。

予想外の診断に、一気に不安が押し寄せ、足に力が入りませんでした。
それでも紹介先の病院に予約を入れる手続きをするため落ち込んでばかりもおられず、
顔なじみの受付のHさんにも励まされて一通りの手続きをして病院をあとにしました。

その夜夫に今日の診断結果を報告。あまりに突然かつ予想外の結果に夫も言葉を失っている様子。
私の不安が伝わったのか、4日後の紹介先の病院の診察に仕事を休んで一緒に行くと言ってくれました。
でもその日はきっと診察だけなので診断結果が出た時についてきてもらう事にしました。
(それでも仕事を休んでまで行くと言ってくれた気持ちは嬉しかった)

押し寄せる不安はどうしようもなく、もう一度ちゃんと診断結果が聞きたくて、
診察した日から2日後、日曜日にもかかわらず再びY医院へ行ってみることにしました。
もちろん日曜日なので診察は行われていないのですが、助産婦さんにカルテだけでも見せてもらいたくて。

その日の担当の助産婦さんは偶然にも次男を取り上げてくれたSさんでした。
「こんにちは」と突然訪れた私に「あれ?どうしたの?」と驚くSさん。
事情を話すと、「わかった、カルテを持って来るね」と。
そして「もしT先生と連絡が取れたらT先生にも来てもらおう」とT先生に連絡を入れてくれました。

その後、T先生はお休みにもかかわらずわざわざ来てくれました。
そして1時間以上もT先生とSさんは私の不安を聞いてくれ、質問には真摯に答えてくれました。
帰る時には「不安だったらいつでも話を聞くし夜中でも電話を掛けて来ていいから」と言ってくれました。
このたまらなく不安な気持ちを受け止めてくれる人や場所がある・・・このことがその時の私にとって
どんなに有り難かったか。ここは本当に素晴らしい病院なんだと改めて心から思いました。

8月30日(火)朝一番の予約のため隣市の総合病院へ。緊張でカチコチの私。
女医T先生のお知り合いとのことで指名で紹介してもらったM先生は、どちらかというとあっけらかんとした
普通のおじさんと言った感じでしたが、そのあっけらかんとした感じが私の緊張をほぐしてくれました。
診断結果はT先生と同じ。やっぱり問題は卵巣よりも、もう一箇所の物体とのこと。
もう一箇所とはダグラス窩という女性にしかないくぼみのような部分です。
そこに腹水がたまっており、腫瘍のようなものがあるとのこと。
先生の指示により、すぐに血液とCTを撮り、腹水の一部を採取しました。
血液検査では腫瘍マーカーを調べました。
腫瘍マーカーというのは癌の場合には高い値が出るらしく、癌かどうかの判断基準になるとの事です。
結果はすぐ出ました。腫瘍マーカーの値はギリギリ危ないラインとの事。これだけでは判断はつきません。
CTの結果は放射線技師はよっぽど大丈夫との事、でもM先生はこれだけでは大丈夫といえる自信が無いと。
そして採取した腹水にある細胞の結果は数日かかるとの事でした。
この腹水の細胞の結果次第で今後の治療方針が決まるとの事だったので次回は夫も一緒に病院に。

9月2日(金)夫と2人で病院へ。
M先生の「腹水の細胞の結果は特に悪性のものでは無かった」との言葉に胸を撫で下ろしたのもつかの間、
腹水は一部の上澄みしか採っていないので正確な判断はやはり開腹してモノ(腫瘍らしきもの)を採って
その細胞を詳しく病理にかけてみないと分からないとこと。
「卵巣もとった方がいい大きさだし・・・来週の木曜日に手術しましょう」とあっさり言われました。
あまりに簡単に言われ、私も夫もボー然としてしまいましたが、来週の木曜日に偶然手術室が開いていたこと、
これを逃すと10月か11月になるとのことで、迷う暇なくポンポンポンと決定してしまいました。
そして入院前検査(血液検査・尿検査・心電図)と入院の説明を受け、手術の同意書を渡されて
丁度来ていた台風(12号)の中、言葉少なめに帰宅しました。

入院・・・入院??動揺を隠せない私たち。
何よりも心配なのは次男。次男は夜寝る時だけだけど授乳しているし、夜中に2~3回は起きる。
それも抱っこでは寝てくれず、必ず授乳でないと寝てくれないのです。
夫だけで乗り切れるだろうか?でも乗り切るしかありません。
入院まで4日、この期間をどう過ごすか・・・。この4日で断乳?それともこのまま?
とても悩みましたが、私は結局いつも通り過ごしました。
ただ、次男には今の状況をちゃんと伝えました。
病気の事、入院し手術すること、しばらく一緒に過ごす事ができなくなりおっぱいが飲めなくなる事。
もちろん次男に私が言っていることが理解できるとは思ってはいませんでしたが
何かしら伝わってくれればと思い、ゆっくり丁寧に話したつもりです。
入院前日には「もしかしたらこれが最後かもしれないから沢山飲んでね」と。

もちろん長男にもきちんと伝えました。
長男は泣いてしまいました。泣きながら「入院しないでお薬で治らないの?と」言われました。
「大丈夫、お母さん手術で悪いところを取ったらすぐに元気になって帰って来るからね」と言うのが精一杯。
もしかしたら癌かもしれない・・・考えないようにしていても頭の片隅にこびりついているこの言葉。
もしそうだとしたらこの先どれだけ生きられるのか?この子達が大きくなるまで生きていられなかったら?
最悪の事態を考えるといてもたってもいられない状況に私も思わず泣きそうでしたが、
ここで泣いたら長男を余計に不安にさせてしまうと思い必死に耐えました。
「次男のことよろしくね」と言うとさすがお兄ちゃん、キリッとしてくれました。

入院・手術と告げられた翌日の土曜日に必要なものを買いに行き、月・火の2日間で仕事の引継ぎ。
折りしも仕事は私の担当する半期に一度の超多忙期・・・本当に申し訳ない気持ちで一杯でした。
この4日間、やることだらけであっという間。ぼんやりする暇が無かったのは良かったかもしれません。

そして入院当日の朝。
子供たちは夫と共に保育園へ行くのでいつも通り玄関までお見送り。
玄関で長男に今日から入院すること等をもう一度伝えようと思い「今日からお母さん入院するから・・・」と
言った瞬間にこの子達に淋しいや不安な思いをさせてしまうことを申し訳なく思う気持ちや
毎朝行ってきたこの朝の習慣がどれだけ幸せなことだったかと思う気持ち、
更には手術の結果が悪かった場合のことなど、色々なことが頭をよぎり、
3人を前に涙が止まらなくなってしまいました。

長男は昨日まで強気だった母がいきなり泣き出したことに驚きを隠せない様子。
次男は初めて見る母の涙にもかかわらず小さな手を伸ばし、私の頭を優しくなでてくれました。
夫も「すぐ退院できるんだから」と優しく私の涙をフォローしてくれて・・・。
それでもいろいろな気持ちが溢れ出し3人が出かけていった後もしばらくは涙が止まりませんでした。


その2に続きます。

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